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| ルベルス開発秘話 | |||
わたしたちの体にとって脅威である、血栓 血栓は脳梗塞や心筋梗塞など命に関わる重大な病気の主原因となっているものです。早く血栓を取り除かないと、大変なことになってしまいます。 血栓症の恐怖からわたしたちを救ってくれるルンブルクスルベルスですが、この成分が開発・製造され、わたしたちの手元に届くようになるまでには、それはそれは遠い道のりがありました。多くの人の汗と涙が必要でした。 その中のお一人に特に注目してみましょう。 その方の名前は、石井 陽一 さんと言います。 第一部 「日本にて」 石井さんとルベルスの関わりは今から約30年前にさかのぼります。石井さんは宮崎県医科大学の研究チームから人の生体についての教えを受けていました。その医科大学の中には実験用の動物センターがあり、その動物の排泄物の処理にミミズを有効活用できないかということで、当時大量のミミズを飼育していました。 他の医科大学と何も変わらない普通の日常の中で、ある日、石井さんは今後の人生に重大な影響を与える出来事に遭遇したのです。それは、飼育していたミミズが逃げ出し、死んでいるのを見かけたことでした。そして、その死んでいたミミズの体の半分が、溶け始めていたのです。それを見た「血栓、線溶活性」が専門の教授が「体のほとんどがタンパク質であるミミズが溶けるということは、血栓もまたタンパク質なので溶けるのではないか……」と思いつき、確認実験をした結果まさに思ったとおりの結果が出たのでした。 これは重大な発見でした。それなら医薬品として開発をしようということになり、製薬会社との共同開発を開始しましたが、日本の薬事法の厚い壁に阻まれて研究はなかなか進まず、数年で開発が中止になってしまったのです。 そこから、石井さんの長い長い道のりが始まりました・・・ 製薬会社の協力が得られなくなった今、石井さんは独自に様々な道を探し始めました。本来ミミズというのは、漢方薬の熱冷ましにも使われ、中国では5000年もの昔から色々な病気治療に使われてきました。石井さんはそのようなことを考えると、ミミズは秘められた不思議な力を持っているに違いないと考えざるを得ませんでした。石井さんは、中断してしまった開発を何とか再開させたいと、強く決意したのです。それで、まずは安全なミミズの養殖について模索し始めました。 現代は、農薬を大量に使用する影響で、土中に様々な有害物質が入り込んでいます。ですからミミズも人体に悪影響のある物質を含んでいることになりますね。それで、安全な環境でミミズを養殖する必要がありましたが、このミミズの養殖が大問題だったのです。 ミミズは強い繁殖力を持っていますが、生き物の養殖は飼育環境の悪化や管理のミスにより、大量死にもつながる恐れも隣り合わせです。また、餌の選択により繁殖しなくなったり、ガスが発生して死なせたり、といったこともあります。餌や水、土壌など、すべての面において細かな分析調査を行ない、人体に悪影響のある成分が紛れ込んでいないかを、入念に調べる必要がありました。人体に安全な物を作り出すためには、本当に苦労があるんですね。 しかしこのような条件さえ整えば開発は可能だと考え、医薬品開発に関する特許の取得のために石井さんは動きました。しかしここでも、日本の法律の大きな壁が立ちはだかりました。そこで、日本での試みは難しいけれども、韓国では漢方への造詣も深いし、日本の薬事法のような仕組みと違う事が分かったため、石井さんは韓国に飛び立ったのでした。 第二部 「韓国 → 台湾 → 香港 → 韓国」 韓国での活動が始まった石井さんは振り返ります。「私は南国宮崎の出身でしたから、冬はマイナス20度にもなるソウルでは歩くのさえ命がけでしたが、でも負けてなるものか!と頑張りました」 韓国で、約1年ほどの時間をかけて日本から持ち込んだルベルスのサンプルを用いて、臨床実験のようなこと行ない始めました。そして、大変良い結果を見ることができたので、韓国の製薬会社と共に共同開発をして、医薬品としての承認申請をすることまでこぎつけました。しかし、韓国の厚生省からは「先進国で同様な物が許可されていれば、許可の出る可能性はある」との返事でした。つまり韓国での認可を早めるためには、他国で認可されている必要があるとのことでした。 そこで石井さんは、漢方薬では歴史のある台湾ではどうだろうかと考え、今度は台湾に飛びました。しかし、現地で調査したところ、薬事法がほとんど日本と同じであることが分かり、これでは実現が難しいと判断した石井さんは、他に漢方を理解してくれる国は、香港ではないだろうかと考え、次に香港に飛ぶのでした。 当時の香港は、まだイギリスの管轄でした。香港では、輸入許可をとればその段階で薬として認められ、それが認可されたということと解釈されることが分かり、40日という電撃的なスピードで輸入許可申請を出し、それが許可されました。ところが、許可はされたものの、今度は「香港内で販売している実績がないと駄目だ」と言われ、香港国内での販売実績を積む活動が始まりました。 現地の薬品販売会社の協力を得るために飛び回ったり、新聞や雑誌などへの広告出稿に頭をひねり、試行錯誤で徐々に国内での販売実績を重ねていきました。そのようにして積み上げた実績や証拠を書類にして、韓国の厚生省に提出し、それから約3年後の、1988年3月にようやく、韓国で認可が下りたのです。石井さんは喜び勇んで韓国に戻りました。 今度は韓国内での販売実績を積み重ねることと、これまで投資した資金を少しでも回収するために努力を重ねました。そして、また3年が経過し、順調に進んでいた時、思いがけないことが起きました。突然「ミミズを日本から輸入せず、韓国産のを使うべきだ」との声があがり、日本を含め外国から輸入できなくなってしまったのです。せっかくここまでこぎつけたのに、これは非常に大きなダメージだったと、石井さんは振り返ります。品質が国内産に劣る韓国産のミミズを使う訳にはいかず、韓国での事業の撤退を余儀なくさせられ、石井さんの韓国での活動は終わったのでした。そして、まだ先行きが見えないまま、日本に戻ることになりました。 第三部 「再び日本で」 日本に引き上げてきた石井さんは、ここで諦めてはいけないと心に決めました。たとえ周りから何を言われようとも、この事業に対する自分の考えは間違っていないと自分に言い聞かせ、必ずや世に出してやる、負けてたまるか、と逆に闘志を湧き立たせたのでした。 日本では養殖方法や製造方法にさらに磨きをかけ、100%安全な製品を目指し研究と改良を重ねました。いわゆる化学薬品のようなものとは違い、生き物は季節の環境変化に順応して生きているので、品質を一定に保つのは並大抵のことではありませんでした。それでもそれをやり遂げ、ついに特許となる製造方法を確立することができたのです。 もう一つの課題は、最終的に医薬品にするのが良いのかどうかという問題でした。数社の製薬会社と医薬品としての開発の是非やその可能性について1年ほど検討した結果、日本の現状の法律やシステムでは、薬品にするにはあまりにも障害が大きく、不可能に近いことが分かりました。石井さんは、これだけのものを、このまま埋もれさせてはいけないという使命感のようなものに引きずられ、様々な角度から検討を重ねた結果、悩みに悩んだ末、健康食品として世に出すことに決めたのでした。 ようやく製品化され、世に送り出すことができるようになった今、30年にも渡る苦労を振り返って石井さんは、わたしたちにこんなメッセージをくださいました。 ミミズは生き物です。命と引き換えにする仕事なのですから、雑念があるうちは仕事の達成に年月がかかっても当たり前なのかもしれません。しかし、いかに仕事だと思っていても、余りにも長い時間がかかりますと、普通ならば諦めるところだと思いますが、これだけは不思議な魅力があり、時間がかかっても、止めようと思うことはなく今に至っています。 一つのことを続けていく途中では、社会環境やニーズに合わなくて、やることなすことうまくいかず、マイナス思考になることもあります。この難関さえ乗り越えればよくなるとわかっていれば耐えられると思いますが、このまま何年続くかわからない訳ですから、家族を道連れにしてまでやる仕事なのか、今までの時間は何だったのか、と考えたとしても当然かもしれません。 私は家族にも相当の犠牲と負担を負わせることを話し、やはり前進あるのみと決断して頑張ったのですが、今日あるのはその結晶であると思っています。何事も諦めずに頑張れば、そして加えて運があれば、ご褒美が貰えることもあると最近は思っています。 でも、正直言って、あまりにも長く辛い道でした。ただその結果、ミミズに一生を賭けようとしているわたしの生き様を見て、ミミズの方から「この人なら命を預けてもいい」と思ってくれたのかな、と考えています。始めは、これで儲けてやろうとの野心を秘めて、事業を推進していたと思います。ですが年月が経るにつれ、、その気持ちも薄れ、たくさんのミミズの命を奪うのですから、それを軽んじては罰が当たると思うようになり、「無駄死ににならぬよう人間のために役立たせたい」と考え出した時から、事業を推進するための条件や社会環境が整って来ました。 ミミズたちは優しく可愛がられて養殖され、素晴らしい活躍を期待され、大事に無駄なく粉末加工され、綺麗なパッケージに包まれて、誰にとっても最大の喜びである「健康」という二文字を、愛用者の手に掴み取らせる。これだけのことをなし終えて、この素晴らしい宝物は何事もなかったかのように使命を終えます。 今後、この宝物に出会う人がたくさんおられると思います。是非、それを手に取られた時には、その宝物の「命を賭けた大仕事」を深く味わい尽くし、大切な「健康」という二文字をその手の中に納めてください。 参考文献:一部引用 − 「ミミズ 健康読本」 いかがでしたか? 初めてルベルスの驚異に触れてから、実に30年に渡る苦労の結果、この製品はこの世に送り出されました。アジアを中心として飛び回るその過程で、何度も挫折を経験され、あきらめてしまったほうがどれほど楽だろうと、きっと思われたことでしょう。それでも、あきらめず頑張り抜いてこられたので、今わたしたちはこれを手にすることができています。 星の数ある健康成分ですが、ここまでの長い年月と熱い思いが込められている物は他にないでしょう。 心を込めてお勧めいたします。 ルンブルクスルベルスを見る ↑↑ クリック ↑↑ |
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